北海道から帰ったその足で神戸での打ち合わせ
二つ終わらせて家に着いたのは時計の針が零時を廻る少し前…
モチベーションが上がる打ち合わせ二つ…
疲れは吹っ飛んでいく…
北海道からの帰りの飛行機から見えた富士山の美しさ…
あの美しい光景は忘れないだろう…
昔の人はあの澄んだ空の中に浮かぶ富士山を畏敬の念で見守っていたのかな…
月曜日は豊中でのお話と千早赤阪村へと移動日和…
ゆっくりとたくさんのお話をする時間があって
なんだかホッコリとするとともに時代は確実に動き始めていることを再認識…
自然農のお野菜とイノシシの肉…
命を頂くという食事…実感できるひと時…
翌日は朝方のフェリーで香川県さぬき市へ…
秋に控えるイベントの打ち合わせと確認…
三月に予定しているイベントから連続で三回ほど一緒にイベントをする仲間…
企画の素案が上がってからの再訪問…
会場の広さがそれほど怖くなくなったのはアイデアがたくさん出てきたからだろう…
こちらはこれからの活動の土台になるような規模…
たくさんの学びをこのイベントを通してしていくことになるだろう…
そんなことを考えさせてくれる内容の濃さと準備の重責…
楽しみ以外 今はない…
帰りのフェリーに乗り遅れてしばしの思考の時間…
こういう時間があるのが有難い…
ゆっくりと整理しながらやるという習慣がないので
時々うっかりをやってしまう…
水曜日はお昼からは大庄おもしろ広場という
市民運営をしている中学校の廃校跡地での会議…
仕事に埋没していたので一年ぶりくらいの会議参加…
27日に開催する雪祭りの打ち合わせとその他の事柄…
代表の方には申し訳なく思う…
余りにも考え方が違う人達が集まる中で
すり合わせをしていくということがこれだけ難しいとは…
その部分は幾分ましになってはいたがそれでもかなりの難しさを覚える…
学びの場として参加しているのだが
今年はいっそう 担っていこうと思う…
夜は楽しみにしていた 東野健一さん を尊ぶ会だった…
神戸の仲間のお店 堀江座 での会…
東野さんの作品などのことで少しお話があったので早めに到着…
管理されている方とも想いの部分から企画の内容までお話できて
理解していただけたと思う…
二つ返事で お好きにどうぞ と言っていただけた…
有難い…
それほど深い知り合いではなかったのですが東野さんは人生に影響を与えてくださった
お一人であることは間違いないこと…
カレー作りにおいても演者という観点においても…
そしてなにより…
生き抜く ということにおいても尊敬しかない…
きっと出鱈目なところもあっただろうと思わせる豪快なところも
わたくしの中では愛でしかない…
木曜日はラジオ終わりの午後から街頭演説初体験だった…
尼崎の学校給食においての話…
国が行う政治のやり方を地方自治は真似をする…
まるで子どもが親の真似をするかのごとく…
それが 良い事 であっても 悪い事 であっても…
学校給食のことのみならず色んな思惑が絡みついているのは
一目瞭然のお話でその方向に 進めなければならなかったお話 なのだろう…
対処療法を続けていく…後にそれが対処になっていないということに気づく…
根底にある人の 生きる がそれらには反映されていないから
反対側の人たちの声が大きくなるまでの時間
なんとか持ちこたえている錯覚に陥るだけ…
もうね 諦めなさい と言いたい…
その 諦めなさい は人生や生きることや理想に向かって…
と言う事ではなく…自分の人生を飾り付け 誇張すること
に対して 諦めなさい と…
われわれはいつの頃かまでは自分の人生は自分のものだと錯覚して生きている…
だから まだまだやれる とも思うし
もっと上へ とも目指す…
それそのものが悪いとは思わない…
自分が向上していくことに必要な思いかも知れない…
しかしながらいつの時代も 次の命 が産まれ続けてて
いつかはその主役の座を譲らねばならない…
否…
主役の座というよりも活躍の場が移りゆく…
の方が正しい言い方かも知れない…
自分のことで生きる時間はそれほど永くなく
すぐに次の世代へとバトンを渡して
命の巡りをつないでいくのだろうと思う…
芝居で言うならば青春モノの主役はその世代が
人情物の芝居なら人生を多少経験している人が
老いた時代の芝居であるならば老いた人が
それぞれが自分にあった活躍の場で活躍するのが
人の人生の時間における役割だと思う…
話を戻そう…
その後 また打合せしておきたいところへと足を運び
ひとつ終えて大阪へ…
阪神電車に乗ることが最近多くなってきた…
空いているから楽だ…
大阪・中崎町での自主上映会へと足を運ぶ…
若い世代が自身のことと捉え始めている…
手を組み始めている…
豊かな未来を自分たちで考え 手にしようとしている…
上の話で言うならば…
わたくしたちの役どころはそれを応援することであり
支えることだと思う…
もちろん 自分たちで開催したいのであればそれはそれですればいいのだ…
若いそういう活動をしている人に必要なことは
どうすればもっと良くなるか?
どうすればこの上映会がもっと広まるか?
この上映会のどこが足りてない…
などの話ではない気がする…
もちろん 聞かれたら思うことを話しすればいいのだが…
まず必要だと思うことはその若者たちを尊敬することだと思う…
自分がその年齢の時に自費でそのようなことをやれていたのか?
やれていたとしてそれが今の時代にどのように繋がっているのか?
こういうことを正しく見つめ直すことをこれまでして来てないと思う…
だから世の中へのインパクトがどれだけあったかも考えたこともなく
このやり方が最も正しいやり方などと恥ずかしいお話を真顔でできるのだろう…
わたくしもズブの素人…
活動家でも政治家でも起業家でもない…
只の一人の生きる人…
その只の生きる人が思い描く未来はそれほど人を傷つけていいと思ってないし
暮らしていけなくなるほどの他人の犠牲を敷いて豊かになりたいと思っていない…
この上映会の若者も深く知っているわけではないが
その行いが人を表していると思う…
真剣なのだ…
真剣に人生に向き合い
真剣に未来を考え
自分にできる何かをやっているのだ…
この素晴らしい繋がりこそがわたくしたちが次のステージで後ろ支えしてでも
一緒に見てみたい未来へ向かう姿だろうと思う…
話変わって…
昨晩 寝付けずにいたのでYouTubeを見ていた…
だらだらと…
昔流行った マネーの虎 という番組が大量にアップしてある所に
たまたま到着したので流し見してた…
当時は一世を風靡した一代でのし上がった起業家たち…
番組の構成上 そうしているのかもしれないので見ただけでの判断はできないが…
お金を掴んだ人たちが全ての面で持論が正しいという展開…
そして参加者はお金にひれ伏す…
なかにはそうでない人もいるのだろうが…
あれから何年か時間が経っててあの当時に意見していた社長や
お金を無心に来ていた人たちは今はどうなっているのだろう…
その当時の意見をしっかりと振り返ることができているのだろうか…
そういう 不協音 が積み重なって人生の彩を濁らせていくように思う…
間違えていたなら間違えたことを理解し
次に進まないと間違えた道のまま邁進することになる…
それらが 他人 に与える影響はまた不協音を響かせながら
この世界を濁らせていく…
そんな風に思った…